人としての衣を脱ぎ去り、たとえ姿かたちが見えなくなろうとも残るものがある。
目に見えぬ大きな何か、それは残された私たちをやさしく包んでくれる。
お蚕が新たな物語を紡ぐためにゆっくりと自らを繭で包むように私たちもまた移ろいゆく時の中で誰かを守り、包むための”記憶を宿した殻”を作り上げているのかもしれない。それは生まれた土地に吹く風に、踏みしめる土に還り、やがて遠い先の未来に新たに芽吹く記憶の一部となる。

カットレース状のモジュールで組み合わされた立像は悠然とあるようで、繊細さと無骨さが共存する不思議な雰囲気を持っている。池部さんは「人としての衣を脱ぎ去り、たとえ姿かたちが見えなくなろうとも残るもの」は何か考えてきた。大学での学びから自律的成長を続け、さらに先に見えるものに目を凝らしている。民族的なテキスタイルの調査、社会課題への取り組み、素材・技法研究を実践し出会いを重ねてきた。富岡の繭から操糸された残を素材に濃藍は八王子の染工房から、苗族の伝統的な亮布の加工など意欲的に挑戦した。手からこぼれ落ちそうになる物語をつなぎとめ「布という存在は記憶が蓄積された“柔らかな化石”」と定義できた。思索を重ね行動した実験的要素が未来に繋がっている。

教授・川井 由夏