在学生の君たちへ

2011年3月11日に起きたあの日のことを君たちは覚えているだろうか。少年期の記憶はそれぞれだろうが、成長し大学生となった現在では、復興は未だ道半ばであり、廃炉への闘いも始まったばかりだということをよりリアルに感じているはずだ。放射能という見えない敵も、汚染された地表土、汚染水のタンク、廃棄物等々、それらは圧倒的な物量とスケールに変換され紛れもない事実として現前する。つまりその事実はないものとして逃れることはできないのだ。だからこそ私たちは他人事とせず、彼の地、彼の人々に心を寄せ共に向き合い続けなければならないのである。

今回の新型ウイルスとの闘いも私たちの予想をはるかに超えた次元のものだ。そしてそれはまたしても目に見えない敵である。いや、残念ながらその敗れた結果だけが事実として積み上げられる。諸外国の経験と警告に耳を傾けなければならない。今、我々一人ひとりの行動にかかっているのだ。

君たちはアートとデザインを学んでいる。何故その道を選んだのだろうか。絵が好きだから?ものを作るのが好きだから?ダンスや演じることが好きだから?等々全員分の理由があるだろう。しかし私を含めた皆に共通することは、表現することを誰よりも望んでいる人間だからこそこの道を選んだということではないだろうか。それではその表現とは何か、あるいは表現はいかなるときに成立するのか。その答えは簡単ではない。いや、一生をかけて探し続けることなのだろう。しかしこれだけは言える。いかなる時、いかなる条件の下でもその問いは自らに課し続けなければならない。何故ならばその道は自分自身で選んだのだから。そう、それこそがアーティストでありデザイナーなのだ。

今こそ君たちの想像力を最大限に発揮する時だ。それが私たちに課せられた義務でもある。紙一枚、鉛筆一本あれば作品は作れる。もちろんデジタルツールでも良い。さあ制作を始めよう、手を動かそう。手の動きは必ず思考に刺激を与え、その信号はまた手に戻る。創造の喜びを実感しよう。君たちなら必ず出来る。
 そして君たちは一人ではない。家族がいる、ともに学ぶ友人がいる、教員も大学職員も君たちの仲間だ。SNSでも電話でも良い、直接会わなくともモバイルデバイスでコミュニケーションは取れる。そして正しい情報を選び取ろう。それも想像力の問題だ。

大学院2年生、学部4年生諸君、心配はいらない。多摩美の教職員は君たちの修了、卒業のために全力で応援する。さらに社会全体も君たちのサポーターだ。何故ならば劇的に変化するであろう(変化しなければならない!)ポストコロナの世界の再構築は、君たちの力なしには成し遂げることが出来ないからだ。2年生、3年生も同じこと、君たちの学びの場は責任を持って守り続ける。

いや、先のことは考えずともよい。とにかく君たちは生き延びなければならない。自分自身のために、家族のために、そして友のために。
 「今」を精一杯生きよ。自らの命を守れ。愛する人の命を守れ。

そして生きるための想像力をしぼり出せ。これが新学期を迎えた君たち全員に対する第一番目の課題である。
もう一度言う、君たちなら必ず出来る。
 その課題の講評会が来る日を、お互い楽しみに待とうではないか。

2020年4月11日 多摩美術大学 美術学部長 小泉俊己

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